五/ 「振り方」を考える

語る

殺陣を学び始めると、まず最初に「刀をどう振るか」という基本を習います。しかし、単に形をなぞるだけでは、迫力のある立ち回りは生まれません。今回は、基本の九つの切り方から、観客を惹きつけるための技術的なポイントまでを詳しく解説します。

基本となる「九つの切り方」と名称の多様性

殺陣の世界では、漢字の「米」の字を描くように振る「米の字」が基本の入り口となります。一般的には以下の九つに分類されます。

  1. 上から下: 真向(まっこう)、真向唐竹割り
  2. 右上から左下: 袈裟切り(けさぎり)、右袈裟
  3. 右から左: 胴斬り(どうぎり)、右胴、右薙ぎ(なぎ)
  4. 右下から左上: 切り上げ、右逆袈裟(ぎゃくげさ)
  5. 下から上: 逆風(ぎゃくふう)、逆真向(ぎゃくまっこう)
  6. 左下から右上: 左切り上げ、左逆袈裟
  7. 左から右: 左胴斬り、左薙ぎ
  8. 左上から右下: 左袈裟切り、逆袈裟
  9. 中心: 突き、刺突(しとつ)

注意したいのは、これらの呼び名は道場や殺陣師によって千差万別である点です。例えば「逆袈裟」が「切り上げ」を指すこともあれば、その逆もあります。現場ごとに、どの用語がどの動きを指しているのかを即座に把握することが大切です。
また、下から上へ振る「逆風」は柳生新陰流の技の名前で下から上へ振り上げる一般名称ではないことや、決まった名称がない場合もありますが、まずはこの九つの軌道を基本として理解しておきましょう。

では、果たして殺陣には9つしか切り方がないのだろうか、というと決してそうではありません。切る角度を1度ごとに分けるとしたら360通りの切り方ができますし、突きでも首や胸や腹など狙う部位によって突き方を使い分けるたりします。刀の届く範囲であれば、いかようにも切り方があります。というより切りようがあるという方が正しいです。振り方が斬り方に・・・少し話がずれたので戻しましょう。
こういった斬り方をするにあたっての刀の振り方には全て以下の内容が当てはまります。

振りの美しさを決める「始点」と「終点」

刀を振る際、最も意識すべきは軌道の「始点」と「終点」を明確にすることです。

  • 始点の重要性: 振りかぶった位置(始点)が曖昧だと、相手に「これからどこを斬るか」という意図が伝わりません。これは格闘における「予備動作」と同じで、お互いのタイミングを合わせ、怪我を防ぐための大切な合図でもあります。
  • 終点の重要性: 振り終わりの位置(終点)が曖昧だと、動きが中途半端に見えたり、逆に振りすぎて次の動作に遅れたり、周囲に刀をぶつけたりする危険があります。

たとえ刀が止まらず流れるような動きであっても、刀がこの「始点」と「終点」を確実に通過していることが、綺麗で安全な殺陣の条件です。

「見せる場所」で切っ先を走らせる

次に必要なのが、物理的な説得力です。

  • 刃筋(はすじ)を立てる: 刀の軌道に対して、刃の角度が正確に一致していなければ「斬れる」ようには見えません。特に袈裟斬りや切り上げは刃筋が寝やすいため、反復練習が必要です。
  • 切っ先を走らせる: 手首のスナップを使い、振りの瞬間に切っ先の速度を最大化させることを指します。ただし、手首を返しすぎると肘が伸び切り、次の動作ができない「死に手」になってしまうため、自分にとって最適な角度を見つける必要があります。

例えば、相手に受け止められる「真向」でも、隠れた場所ではなく、しっかり観客に見えるところ(カメラに映る位置)で切っ先を鋭く走らせてから受け止められる(止める)ことで「凄まじい威力の一撃を耐え抜いた」というドラマチックな表現が可能になります。

「突き」は「引き」と「静止」でキレを出す

「突き」は振る動作ではないため、スピードを出すのが難しい技です。そこで重要になるのが「どれだけ突く前に刀を引くか」という距離の概念です。

構えた位置からそのまま突くだけでは、刀の動きは数十センチに過ぎません。しかし、突く前にしっかりと刀を手前に引いておくことで、1メートル以上の大きな伸びを見せることができます。この「引き」と「伸び」の差(ギャップ)こそが、観客に突きの一撃を印象づけるポイントです。実戦では「隙」になる大きな予備動作も、殺陣においては「最大威力の突きを繰り出すためのタメ」という表現になります。
また、ダンスにおいてピタッと静止することでキレが増すように、突きも伸び切ったところで刀を完璧に止めます。この「激しい動」から「一瞬の静」への切り替えが、突きに鋭いキレと破壊力を宿らせます。

大きな表現が「引き出し」を増やす

役者の世界ではよく「最初は大げさに演じ、そこから削ぎ落として丁度よいところを探る」と言われます。殺陣も全く同じです。

大きな動きができる人は、小さな動きも自在にこなせますが、小さな動きしか練習していない人に大きな立ち回りはできません。まずは基本に忠実に、始点・終点を意識した大きな振りを身につけましょう。その「引き出し」の多さが、役としての表現の幅に繋がっていくはずです。